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zoom RSS クルマ遍歴18歳〜25歳

<<   作成日時 : 2008/02/19 07:48   >>

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僕のクルマ遍歴は、貧乏な割りに多いかもしれない。貧乏なのは車を頻繁に買い換えたためや、身分不相応なクルマを所有していたせいでお金が貯まらなかったからなのかも知れない。

最初に購入した車は、1972年(昭和47年式)のトヨタ・セリカGTV(ノッチバック、通称はダルマ)だ。4年落ちで購入した。これは親を騙して「仕事に必用」と言って買ってもらったのだ。いろいろあって1年半ほど後に売却した。
当時まだ18歳で、最初に乗った車という事もあり、「この車は凄いんだ!」と思い込んでいた。確かに味わいがあったと思うし、スタイルも好きだったが、数年してから再び乗ってみると、ブレーキは効かないし、エンジンの吹け上がりだって大した事はないと思った。世の中には素晴らしいクルマが数多く存在する事を知るのはもっとずっと後の事だ。

その後、46年式カローラKE10、47年式TE25を乗り継ぐ。トヨタ系のディーラーに勤務していた為、安価で中古が購入出来た。冬タイヤなども、下取り車等から外して、事欠く事がなかった。内外装も、廃車から外したオプション類を付けてアップグレード?された。最初はDX(デラックス)だったのが、後にSL仕様(ツインキャブは付けられれなかったが・・・)位までには進化?した。双方とも、若いうちに乗った車なので思い出深い。特に初代カローラ、スプリンター系は今でも欲しい気がする。K型もT型も、トヨタのエンジンはピックアップが悪くて、ちっともスポーティな感じでは無かったが、ミッションがカチカチっと決まるのは良かった。日産車はOHVエンジンなどでも吹け上がりが良く、感心したが、シフト感は最悪だった。

TE25のキャブレターは、よく全開のままステイックした。そういう時は、イグニッションを切り、車内に置いてある割り箸などでキャブのバタフライ部を突付いてやる。ダウンドラフトだったので作業は楽だった。今となってはこれも懐かしい思い出だ。時代は変わり、今やキャブレターの車も無いし、エンジンルームは手の入る隙間も無い程だ。

その後、免許停止150日を食らい、仕事を続ける事が出来なくなり、上京(死語か?)する事となった。その後暫くはクルマの無い生活が続く。しかし、免許が戻ってきた頃ちょうど、嫁に出したはずのTE25も戻ってきた。古さを感ずる事無く、まだ充分使えたこの車にまた少し乗る事となった。

その後、カートを始めるようになって、ライトエースを2台乗り継ぐ。2台目は当時流行った「メタフレーク塗装」とやらでボディいっぱいにエアブラシで煌びやかな模様が描かれていた。何処へ行っても注目の的、悪い事は出来ない車であった。

2台目のライトエースがかなりボロくなった頃、当時新型だった「ソアラ」が来た。これは父が乗っていた物だが、手に余るようになり、息子達(当時は弟と同居)にくれたのだった。これも人目を引いた。ディーラーに行くと最敬礼で見送られ、恐縮した。カートばかりやっていたのでいつもボロい服装だったのだが、ディーラーの方は「何でこんな小僧がソアラに乗っているのだろう?」と思ったに違いない。
このクルマは、自動車税が払えないと言う情けない理由で売った。当時の3ナンバー車は禁止税的!?に高い税額だった。5ナンバーの普通車が¥35,000以下だったのに、¥70,000だったのだ。この金額を払う事が出来なかったのだが、払う価値もあまり見出せなかった。ソアラは特に良い車だとは思えなかったのだ。ステアリングのパワーアシストが強すぎたせいか、路面のフィールを全く掴めなくて何度も怖い思いをした。高速安定性も良くなかった。まだまだ国産車が発展途上の頃の車であり、派手に宣伝をしたのでたまたま注目を浴びたのだろう。
ソアラを下取りに出して、ホンダ・シティとスズキ・γ250(単車)を購入したがオツリが来た。

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