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zoom RSS メルセデスベンツ190E2.5D(車遍歴33歳〜)

<<   作成日時 : 2008/05/07 17:00   >>

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ゴルフに乗って外国車に目覚めたが、経年変化で少々故障が出てきたのを機に、次なる車への買い替えを考え始めた。当時ヤナセでは、既にVW車の販売を止めてしまっていた。その頃欧州のメーカは、日本市場の輸入車販売に力を入れ始めており、VWも現地法人を設立し、PDIもパーツ供給もメーカー自身で行なう方針となったのだ。ヤナセとしてはそれまで苦労して輸入販売していたVWをメーカーに取られてしまった形で、代替として?オペルの輸入が始まっていた。VWと比較してオペルはちょっと魅力が無い感じで、当のヤナセ社員の方々もちょっとガッカリしていたようだ。

僕自身も、次に買い換える車がヤナセには無いので困った。当時お世話になっていた方々は、ヤナセさん関連が多かったので、どうしてもヤナセさんから車を買いたかったし、メンテナンスの面でもその方が安心だ。いろいろ考えたところ、当時Cクラスが発表されたばかりのメルセデスなら、旧型である190の出物が有るのではと考え、当たってみた。
当然今回も、ディーゼル車が希望だ。八王子の教習所では、高速道路での講習用に190Dを使用していたので、「そんな感じの払い下げ車かなんかでも良いので無いかなあ?」と言っていたら、当時から(現在も)お世話になっている方が、「ヤナセ港北中古車センターに有ったよ」と言うではないか!

早速見に行くが、思ったよりずっと程度が良い。サッコプレート付きの98年式、しかもマニュアル車ではなくATだ。特有のスタッカート状のゲートを自分で操作するのは初めてだが、これは案外便利かも知れないと思った。メルセデス特有の、フロントの1本ワイパーが伸縮する様もユニークで面白い装備だ。
フロント部分などに板金をした跡が有ったのが気がかりだったが、これを逃せば後は無いと思い、購入を即決する。僕にしては非常に高価な買い物だったが、市場価格としては割安だったのであろう。しかしゴルフ同様ディーゼルは燃料代が安いので、何とか工面してローンの支払いも出来そうだ。
今回は、ナンバーの登録までを自分で行い、新品のナンバープレートを抱えて車を取りに行った。

まさか自分がメルセデスを所有するとは思っていなかったが、乗ってみてその価値を思い知った。思い切って買った甲斐があったというものだ。
まず重厚感がすごい。どっしりとして、安定している。エンジンは、ディーゼルとは思えない程軽快に吹け上がり、ゴルフとは歴然の差だ。そのうえ、エンジンルームはカプセル状にカバーされているので、特有の「カラカラ音」があまり外へ漏れて来ない。もともとドイツ車はエンジン周りの音があまり静かではないので、ガソリンエンジン車と比較しても、あまり大差ない感じだ。同乗した人でも、言わねばディーゼル車だと気が付かない事が時々有った。

唯一不便だったのが、教習車故にか、オートロックでは無かった事だろう。友人・知人達を乗せても、皆オートロックに慣れているので、誰もドアをロックして降りたりはしてくれない世の中だ。仕方がないので運転席から3枚分のドアロックをしてから降りる事が度々有った。教習車だった際はこんな装備不要だったのだろうが、このままチャイルドプルーフにしてしまうと、リアのドアは内側からも外側からも開かなくなってしまうという不便というか欠陥が有った。幸か不幸か、その頃はまだ独身だったので、チャイルドプルーフなど使う必要が無いので良かったが・・・

内装は質素で、よく言えば「質実剛健」だ。必用なメータ類だけしか無いのは好感が持てるが、内装デザインのセンスはイマイチだ。後に友人達の所有する、190E2.5−16や、2.3エボ1などと比較してみたら、僕の車は同じボディとは思えないほどとても貧相に見え、まるでタクシーのような感じであった。だが、高速道路を走る際の安定感は今まで味わった事のない、とても魅力的なものだ。アクセル全開にしても、最高速は170km/h程度だが、僕にとっては充分以上の速さだ。どこまでも全開で走って行きたい誘惑に駆られる車だった。

さすがに小ベンツでは高速道路でで車線を譲ってくれない事もあるが、それでもまあ、大抵の車は退いてくれるので、ゴルフに比べれば段違いに走りやすい。「メルセデスに乗ると何だか偉くなったような気分」になると聞いていたが、190でもそれが多少なりとも実感出来た。

FRという事で、雨の日など、低μ路では少々気を遣った。以外にあっさりと後輪がすべってしまう。長年FF車に乗ってきた身にとっては少しとまどいが有った。コーナリングの際も、ずぼらな運転ではダメで、基本どおりの動作が必要であった。だが、それがうまく出来た際の気持ち良さはFFには無い物だ。
ある春の日、富士スピードウェイ近くのアイスバーンがかった雪の峠に夏タイヤで侵入してしまった事が有った。「行けるかな?」と思いながらかなり走ったところでスタックしてしまった。夕暮れ近くだし、雪が多いので殆ど車は来ない。携帯の電波も届かなかったので途方に暮れたが、何度かトライしたところ、運良く自分で脱出出来たので何とか命拾いした。
その他、雨の峠道では下り坂でスピンを2度経験した。どこへもぶつからずに済んだので良かったが、フロントに荷重がかかっている際は注意が必要だった。

ゴルフに続き、このクルマも殆どトラブルフリーだった。さすがに点検などはきちんとしてもらったが、さして費用はかからなかった。2度目の車検の際にはベルトなど、消耗品をかなり交換をしたのだが、それが一番大きな出費だっただろうか?貧乏人に優しい車であった。

1995年には、静岡県の菊川町(現在の菊川市)に有った我が社の工場に転勤となったのだが、浜松ヤナセでは首都圏近郊とは違い、メインテナンス能力がイマイチだったように思う。「浜松ヤナセが良くない」と言いたい訳ではないのだが、地方では外車の比率が低いという事もあり、どうしても不慣れな点が出てしまうのではないかと思う。助手席側から衝突された事が有り、かなりのダメージを負った事が有ったのだが、浜松ヤナセ(の下請け?)では充分に直してもらえなかった。嫌なバイブレーションや雨漏りなどが残ってしまったのだ。雨漏りについては場所の特定が難しかったのだが、知人に運転してもらいながら助手席側を良く観察したところ、何とか場所を特定出来て、手直しを依頼した。雨漏りは直ったのが、色々な事がちょっとずつ嫌になってしまい、売却を考え始めた。折しもミッションカートを購入したのでトランスポータが必用になってきた時であった。スプリントカートは190Dのルーフキャリアにも乗せられたのだが、ミッション付きは重いので無理だったのだ。という訳でポンコツのキャラバンを購入する事となった。190Dが売れるまでの暫らくの間は2台所有する期間が続いた。

190Dはなかなか売れず、八王子で2輪のメンテナンスガレージを営む友人が引き取ってくれる事になった。約6年、7万km程走行しただろうか?充分に元が取れるまで、とことん楽しめたと思う。お金がかかる前に売却が出来て良かった。

仕事などで疲れた後、190Dに乗り込みドアを閉めた時には、何とも言えない安心感に包まれているような感じで安らげた。これ以後はそのような車に出会った事が無い。以前のゴルフに続き、このクルマも忘れられない1台となった。


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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
懐かしいね!
少年
2008/06/09 21:19

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